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智慧 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN12 §52.7–53-55.6)

Abhijānāmi kho panāhaṁ, sāriputta, ekaṁyeva kolaṁ āhāraṁ āhāritā. Siyā kho pana te, sāriputta, evamassa: ‘mahā nūna tena samayena kolo ahosī’ti. Santi kho pana, sāriputta, eke samaṇabrāhmaṇā evaṁvādino evaṁdiṭṭhino: ‘āhārena suddhī’ti. So kho ahaṁ, sāriputta, tameva kāyaṁ assāsento pāṇinā gattāni anomajjāmi. Tassa mayhaṁ, sāriputta, pāṇinā gattāni anomajjato pūtimūlāni lomāni kāyasmā patanti tāyevappāhāratāya. Te evamāhaṁsu: ‘muggehi yāpema …pe… tilehi yāpema …pe… taṇḍulehi yāpemā’ti.
I recall eating just a single jujube. You might think that at that time the jujubes must have been very big. There are some ascetics and brahmins who have this doctrine and view: ‘Purity comes from food.’ Due to eating so little, when I tried to relieve my body by rubbing my limbs with my hands, the hair, rotted at its roots, fell out. They say: ‘Let’s live on mung beans.’ … ‘Let’s live on sesame.’ … ‘Let’s live on ordinary rice.’ …
私はかつて、棗(なつめ)をただ一粒のみ食したことを憶念している。その頃の棗はさぞかし大きかったのであろうと、そなたは思うかもしれない。しかしそうではない。「清浄は食によって得られる」という教義と見解を奉じる沙門・婆羅門たちがいる。かくも僅かな食のみを摂っていたため、手をもって四肢を擦り、身体をほぐそうとすると、根より朽ち果てた体毛がそのまま抜け落ちてしまった。「緑豆のみを食して生きよう」……「胡麻のみを食して生きよう」……「粗末な米のみを食して生きよう」……
関連テーマ: 苦しみ 智慧 渇愛 自己
導線タグ: 苦行,自己犠牲,食への執着,身体の酷使,極端な修行,禁欲,清浄への誤解

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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