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怒り 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN5 §6.1–7.2)

Tatrāvuso, yvāyaṁ puggalo anaṅgaṇova samāno ‘natthi me ajjhattaṁ aṅgaṇan’ti yathābhūtaṁ nappajānāti, tassetaṁ pāṭikaṅkhaṁ—subhanimittaṁ manasi karissati, tassa subhanimittassa manasikārā rāgo cittaṁ anuddhaṁsessati; so sarāgo sadoso samoho sāṅgaṇo saṅkiliṭṭhacitto kālaṁ karissati. Seyyathāpi, āvuso, kaṁsapāti ābhatā āpaṇā vā kammārakulā vā parisuddhā pariyodātā. Tamenaṁ sāmikā na ceva paribhuñjeyyuṁ na ca pariyodapeyyuṁ, rajāpathe ca naṁ nikkhipeyyuṁ. Evañhi sā, āvuso, kaṁsapāti aparena samayena
Take the case of the individual who doesn’t have a blemish but does not understand it. You can expect that they will focus on the feature of beauty, and because of that, lust will infect their mind. And they will die with greed, hate, and delusion, blemished, with a corrupted mind. Suppose a bronze cup was brought from a shop or smithy clean and bright. And the owners neither used it or had it cleaned, but kept it in a dirty place. Over time, wouldn’t that bronze cup get dirtier and more stained
次のような者を例に挙げよう。煩悩なき者でありながら、そのことを自覚していない者である。このような者は、美しさという相に心を向けるであろうと予想される。そしてそのために、貪欲がその心を汚染するであろう。かくして彼は、貪・瞋・癡を抱え、心が汚染され、煩悩に染まったまま死を迎えることになる。たとえば、店あるいは鍛冶屋から、清らかに輝く青銅の椀が運ばれてきたとしよう。その持ち主がそれを用いることもなく、磨くこともなく、汚れた場所に置いたままにしておいたとすれば、時が経つにつれ、その青銅の椀はいよいよ汚れ、いよいよ錆びていくのではなかろうか。
関連テーマ: 渇愛 苦しみ 正念 自己
導線タグ: 自己管理,怠慢,成長の機会を逃す,潜在能力,自覚の欠如,心の汚染,自己啓発

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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