「嫉妬やそれによる自己嫌悪感をどのように捉えることが仏教の教えですか。」
好きな人に恋人ができた。同僚が先に昇進した。友人のSNSが輝いて見える。── 嫉妬は誰もが経験する感情であり、その後に来る自己嫌悪もまた、多くの人が知る苦しみです。
仏教では、苦しみの原因は「渇愛(タンハー)」── 激しい渇望・執着であると説きます。嫉妬は「自分にもあれが欲しい」「自分はなぜ持っていないのか」という執着から生まれます。
「他人の過ちを見るなかれ。他人のしたこと、しなかったことを見るなかれ。ただ自分のしたこと、しなかったことだけを見よ。」
── ダンマパダ 第4章 花品(偈50)
嫉妬の本質は「比較」です。仏教は、他人の行いや状態ではなく、自分の行いに目を向けることを繰り返し説きます。
仏教には「四無量心」という心の訓練があります。慈(メッタ)、悲(カルナー)、喜(ムディター)、捨(ウペッカー)。その中の「喜」は、他人の幸せを自分のことのように喜ぶ心です。最初は難しくても、「あの人が幸せでありますように」と心の中で唱えることから始められます。